2015年8月21日金曜日

(蹴)ガンバvsリーベル・プレートでリーベルのファンになる

データ処理の合間のひとときはブログ書き。


ガンバ大阪vsリーベル・プレートのカップ戦に、息子を連れて行ったときのこと。

ちょっとアウェイ側の席についたので、まわりはリーベルファン、というか、アルゼンチンサッカーファンが多かった。

で、すぐ傍に、下の写真のサポーターがいた。













で、息子が、スマホを触って、そわそわそわそわ、している。

なにかっていうと、写真の松葉杖の彼が、アイマールではないか、とゆーのである。

アホなことをいうな。
この席の周りには、ネームにアイマールと入ったアルゼンチン代表ユニを着込む筋金入りのサポーターがあちこちにいるのだぞ。
そんな連中が、そんな彼をほうっておくわけがないであろー。

息子が(スマホ検索して)見つけた情報では、たしかにリーベルには引退したアイマールがサビオラとともに復活する、という話が持ち上がっている。
しかし、彼は、今、右足を怪我しているとか。
そして確かに、松葉杖の彼は、右足を怪我しているのである。

だがしかし。
そんな選手が、こんな安い席で、日本人の女性連れで座っているか?

そんなことを言っていると、アルゼンチン代表ユニ姿のおじさんが彼の横に座りこみ、なにやら熱心に話しかけはじめた。

彼がたちあがって、グランドの選手たちに気勢をあげると、テレビカメラが抜いてくる。

息子、そわそわ。

違うって。
アイマールって、もっとアフロなヘアだし、もっとおじさんになってるって。
こんなところに座ってへんって・・・などと楽しげな夢想を話しているうちに、

息子さんは、リーベルのユニ欲しいというような、リーベルサポになってしまったのだった。




2015年8月16日日曜日

(展)河鍋暁斎記念美術館は、住宅街の中にありました

(ずっと前の下書き記事公開)

やっと行った、河鍋暁斎の美術館。

埼玉の住宅街の中にある。

千葉大に寄った後だったので、
ずいぶん遠回りになった。

小さいカフェとグッズショップをくっつけた
こじんまりとした住宅を改良したミュージアム

僕の後には、若い男の子が一人で入ってきた。

残念なことに撮った写真が消えてしまった

もう一回行くしかない

http://kyosai-museum.jp/hp/top_page.htm

2015年6月28日日曜日

意外!靖国神社でテンションあがる


ちょっと前にみた池上彰さんの番組で解説されたヤスクニのまとめがひっかかっていた。

靖国神社の戦犯合祀は海外から非難される。
けど、亡くなった人を神として祀ることは日本の文化なのだ。
神の観念が西欧と日本ではちがう。
その感覚は海外の人々には理解されにくいのだ
という結びであった。
海外からwar shirin 戦争神社とか言われ、非難されるのは、
お門違いだと言うのであった。

なんか、イルカ漁とかクジラ漁の話みたいなまとめだな。

違和感、ある。
神社は墓と同じようなもんだ、といっても、崇め奉るわけだから、神の観念がちがうと指摘しても、なんだかなーという感じである。
原爆や被災のように、「黙祷」としとけばカミ観念もなにもなく、死者への悼みが表明できているのではないだろうか
慰霊碑のような、特定の宗教観や思想性を強調せずに表現できる手法ではなく神社。
神さまにして崇め奉る。



ガランとしたアスファルトに大きな鉄の鳥居。
ナチュラル素材を損なう変な質感の神社、というのが第一印象。

駐車場脇ではフリーマーケットの準備が始まっていた。

旧日本軍関係のグッズも並んでいる。
これでは、いかにもヤスクニに来た、という感じだ。
僕は「おのぼりさん」ではない。
だからまだここでは写真はとらない。

境内前の休憩所に、マリンルックの海兵隊のような集団が集まっていた。
ここで写真をとったら、靖国すぎるだろう。
私のプライドが許さない。写真は撮らない。


駐車場に、大きな観光バスが16台も連なっている。
へえ、こんなに観光客が来るのか、とフト思う。
さすが、ヤスクニというべきか。
そう思ってよく見たらバスのフロントに、高校総体の文字が眼に入る。
バドミントン部とかバスケ部の総体の送迎バスだった。
単なる駐車場代わりに使われているのか。
これは写真だ。
パチリ。 

入り口には、大村益次郎のブロンズ像を中心にした塔が立っている。
明治維新に大きく加担した人が祀られる靖国神社の象徴である。
パチリ。
 その塔の脇には大きな灯籠。
灯籠には国家の戦いをモチーフにした彫刻。
やっぱり戦争神社っていわれても仕方ない

境内前に自由にお持ち帰りできるフリーペーパー一枚。
戦地に出向く准尉の父母へ宛てた手紙、
父母兄弟と靖国で再開したいという思いが紹介されている。


境内には掃除をしている妙齢の方が数人。
自衛隊OBの方々が自発的に掃除に来ているとのこと・・・
・・・熱心に最敬礼している参拝者の方が、掃除している方と話している声が聞こえた。

境内の参道の脇には警備員の方が一人。
にらみの効く位置に。
本社を囲む壁には献花会の○○派の生け花がずらっと並んでいる。
美しい。
毎回担当する流派は交代するようである。
花を生ける展示は他にも舞台が用意されていて、活発なようである。

死者への手向けとしての花は、葬送の原点であり、華道の始まりと言われている。
日本では、ヒトが亡くなるとホトケかカミ(かオンリョウ)になる。

ドーンドーンとおおきな鑼の音がした。
本社の奥の殿で白装束の方が詔をあげはじめた。
これは、写真撮ろう、と思う。

念のために、写真撮る前に、警備員の方に「撮ってもいいですか?」ときいてみる。
真正面からはおやめください。
本社までのこの道は、英霊が通られる道です。
横からなら大丈夫です。
という答え。

おお、そのセリフが聞きたかったのですよ !
斜めから写真を撮る。
参拝も賽銭も何にもしないで写真だけとる。

マスクもしているので、
油かけにくる人と間違われないよう、気をつけよう。

本社を離れ、資料館みたいなのないかな~と思って、それらしい建物へ向かう。



オオォ!

犬のブロンズ像がある!!


シェパードの銅像。
「軍犬」と説明がある。名前はない。

軍用馬と、軍用犬の慰霊碑である。
 
忘れちゃいけない、左の写真には鳩の慰霊碑も写っているよ!

先の大戦とは、まさにこの国における生きとし生けるものの総力戦だったのである。
 



軍用犬はシェパードがモデルである。
こうした犬たちは、各地から徴兵されたものも多い。
犬をそんな風に使うな!
と言いたいが。


『ベルカ、吠えないのか!?』(古川日出男著)を思い出す。
犬好きにとっての直木賞であり芥川賞であり、ノーベル平和賞の本だ。
もう一回読みたくなる。

そもそも、武士の時代の戦いなど、日本では、あまり戦いに犬は使わなかった。
近代に入り、ヨーロッパでの軍用犬の発達により刺激を受けた。
ヨーロッパにおいて軍用犬の活用に成功を果たした事例として、ナチス・ドイツが知られている。

日本では1919年に軍隊がシェパード犬を、幾頭か購入する。
また、中国へ進出したおりにもシェパードやその他の犬種を手に入れる。

第一次大戦後、近衛師団の澤辺賢次郎は、犬を獲得する任務を負うが、値段が高すぎて数頭しか買えなかったという。
この経験から澤辺は、退役後、日本で最初の犬繁殖の商売、ミカドケンネルをはじめる。

犬たちは、中国の青島で主に獲得され、千葉で軍用犬として訓練され、満州において活躍の場を得る。 (アーロン・スキャブランド『犬の帝国』より)

日本での、戦争の犬は、近代戦争の象徴なのである。



だらだら書き続けてきたが、飽きてきたので、人間のことは書かないで、靖国の記録書くの終わり。




・・・ ・・・だらだらした補足。
靖国神社を出て、駅を探して歩きはじめると、法政大学の校舎を過ぎたあたりで機動隊のワゴン車が2台も停まっていた。
ワゴン車の傍のビルには、機動隊員が3人、等間隔で並んでいて、どう見ても警護であった。

何、これ、要人?
と思ったが、警護されているビル横の歩道を歩こうとしたら、
どちらに行かれますか?ときかれ、
道路の反対側の歩道を歩いてください、とのっぽの機動隊員に指示された。

東京、うっとい、と思って通り過ぎたが、何のビルかすぐにはわからなかった。

あれが、売却騒ぎの起こっている、朝鮮総連のビルなのは、後でわかった。

本当に靖国神社のすぐ傍にあるんだ。
 



2015年5月17日日曜日

比叡山 巡り

 ●昨日の土曜は、午前の講義の後、ぶっ倒れて爆睡した。
夜になって夕飯を作るために起き、夕飯後、「64」の最終回を見ながら風呂の順番を待っているうちにもう一度爆睡。
気が付いたら、朝だった。

床の上だけど、いつものことで、とにかく時間かけて、眠れた。
朝起きて陽気がいいのでとりあえず比叡山に向かった。
 午後からPCに向かって作業したいので少しだけ登ってくることにした。
入り口は、ここから。


適当に道を選んで登りきると、「恵心僧都」の墓につく。

学生さんから、質問のメールが届いたことに気づき、この場で返信する。
このあたりは熊蜂が多い。蝿も。
まとわりついて、「ええい、うるさい」と独り言を口にすると、
御墓のとなりに、半そでTシャツの女性がいることに気づいて、どきっとした。

メールしている間に、墓の前で大きく拍手を打って、移動された。
墓前で拍手。神になっているのか。

いつもだったら、上までくると、そこからうろうろするのだけど、
今日はここからすぐ別ルートで降りる。



降りると、飯室谷不動寺に出る。

千日回峰の本場のようなお寺。

 http://www.imurodo.com/index.html

多分、歩いてきたのは、この人たちも通っている道なんだろうな。

距離は約6km、高低差は約680m(と思う)。
たったこれだけだけど、腰から下はガタガタ。

2015年5月6日水曜日

ユカワハルナさんという青春

これも、かなり前の日記の下書きから。
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”湯川さん”を検索しているのだけどネットに頼るとニュース記事以外は、一方的にディスる発言ばっかりひっかかって、辟易した、という話。
情報を探すの大変。
 湯川さん的な青春を、ちょっと考えようとしたので、探したんだけど。

”後藤さん”をネットでディスる(というより何故か怒っている)のも目だつ気もがするけど、
いろいろな角度からの意見が出ていて、こちらは落ち着く。

ジャーナリスト、ジャーナリズムのあり方を議論するのが多いかな。
これは報道の理論である。

後藤さんの親が反原発なので阿部総理が直接名前を出して哀悼の言葉を述べないという細かい記事もある。
 こういう面から、政府のあり方を議論するパターンも多い。
 これは報道と権力の議論である。

それにしても湯川さんという人物を記録する記事が見つけられない。
そういえば、支援してたという元議員さんがTVに出てたな。
何をどう、なんで支援しようと考えたのかな。

湯川さんという人生(青春)はある意味とても現代的な生き方に感じるんだけど、後藤さんに比べると圧倒的に情報が少ない。

事件後の湯川さんへの周囲の反応(無視・ディスる・哀悼少な目)も現代的・日本的だと思うし。
 
誰かが取り上げてそうな気がするのだけど……小説・映画などではとりあげるかな…

この、他人の情報待ちな自分がいけないのか。

(映)「ある精肉店のはなし」

もう、丸々1年前に書いた日記。
映画「ある精肉店のはなし」のはなし。
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貝塚市にある精肉店。
家族で続けてこられた屠畜・精肉・販売業。
映画は屠畜の様子からはじまり、
精肉を中心とした家族の営み、
地域の生活文化が淡々と、
ときおり本人のインタビューをまじえながら、
美しい映像で描き出している。

一日だけだけど、見学させてもらって話を聞いたところが映画になったのははじめてなので、不思議な体験だった。
文字通り身を乗り出して見てしまった。

家の裏の牛舎から市営屠畜場まで
くねくねとした生活道路をけっこう歩く。
カメラがその様子を映すために先回りしたり、どこかの屋上から俯瞰でとらえたりすると、事前確認がないと、こんなふうな絵にはならないようなーとか、なぜかそんなことが気になる。

屠畜や太鼓づくり、移動精肉屋、盆踊りのシーンでも
椅子から身を乗り出した。
家族の生活にかなり入り込んでいることで、生き生きとした暮らしの一面がとらえられていた。

一方で、変な違和感もかなり残った。
違和感というか、気恥ずかしさというか、ふと考え込んでしまう。
最初の違和感は、インタビュアーの声が入ってくるところだった。
ナレーションの声と同じだったので、おそらく監督の聞き取りだろう。
でも、声だけが登場し、画面は話している語り手だけだ。
1人語りにするか、2人対話にするか、どっちかを意識するのが、自分自身のひっかかりだったと思う。
そして、それよりもインタビュアーの(おそらく)若い女性の声が入ると、何故かすごく恥ずかしく感じるのだった。
なぜだろう。


また、インタビューシーンでは、他にも細かいつっこみを入れて独り言を言いそうになった。
こんなのは、映画見ていてはじめてだ。

おばあさんの語りについて、それしか使うとこなかったん?とか。
もっといろいろしゃべりそうなのに…とのど元まで声になりかかっていた。

たしかに表情豊かでご本人らしさが出ている映像なんだろうなーと感じたけれど、
もっといろんな語りがありそうな人だよなーと感じていた。
昭さんも「思い」の語りを使いすぎちゃうやろか、という別の違和感。
なんていうんでしょう。
・・・解放運動のストーリーのような、ある定式化した物語にのっかかったような、「思い」の語り方が、出てきているように思えた。
話しなれているせいなのかな。

・・・うーん、ブログで書いてたら、また、ごちゃごちゃ考え始めた
・・・とりとめなく、考え始めたので、この日記はここで終わります。

2014年12月17日水曜日

(展)バルデュス展はもちろん行ってきた

年末で、書き溜めた日記のそうざらえ

●バルデュス展はもちろん行ってきた。
もちろん、前知識なし。
派手な広告の絵につられたようなものだけど。
美術館行く自分って高尚ー、みたいな感じだけど。

でも、そんな自分でも初見でいろいろ考える展示だった。
作者がスター扱い、作者自身の写真がかっこ良過ぎ、ビデオも渋すぎ、鼻につく。
でも、たしかに作品すごい。


●少年期の「mitsou」かわいい。
 

かわいいつながりで、ファンタジックで印象に残る「cats and girls」(1949)














ますむらひろしさんの「アタゴオル」を思い出したのは私だけではないだろう。
でもアタゴオルは1970年代の連載開始だから、こっちのほうが古いのか。
斬新だなー。”猫男”と僕は呼ぶ。


●コミック的というと、初期の作品に「嵐が丘」の小説の挿絵があって、なんかデッサンがくずれたような感じに魅入ってしまう。



















「諸星大二郎・・・」。これらの挿絵を見ながら、尊敬する漫画家の画風を思い起こしていた。


●ところで、このバルデュルス氏は、同じ構図をいろいろと書き直す作家のようであった。




















バルデュス本人が描かれているとか、人物の描写でとりわけ女性の肌に象徴される白が体の輪郭からにじみ出ているとか、 裸身を描くというセンセーショナルなどいろいろ解説されていた。
代表的な図らしい。
これが、一つ前の挿絵の構図と同じである。


●さらにそのひとつ前の挿絵と同じ構図もいくつもあって、






















と、同じ姿勢の女性が何度も描かれている。

そして、描かれた顔がなんか怖い。


●ときどき顔が怖い絵がある。特に女性。
頭に残ったのは、ヨーロッパ時代の若かりしころに描く女性の、壊れ(壊し)具合である。

禍々しいとまで、感じた。
 



















展示にはなかったと思うけど、後でwikiで見た上の「guitar lesson」はかなり衝撃的。

なんか、特に女子を破壊的に描くように感じる。

ポーズ自体が、なぜ、このポーズを選ぶ?と思う。
















グッズの図柄にもよく使われていた上の「テレーズの娘」は、色使いや構図の華やかさ、テーマモチーフの猫の登場などが解説されていた
僕自身は、近くで見て正直衝撃を受けた。
スカートの中のパンツまでこうまで執拗に描くのは、どういう感覚やねん・・・

悪意・・・というか、破壊の意思みたいなものを感じるんだけど・・・とにかく、すごく攻撃的に感じる。

描かれた女性のポーズや表情に、描く目線が持つ破壊性や攻撃性を感じるのであった。



●そのように攻撃性や破壊性を感じたのだが、晩年の日本時代になると、日本女性と結婚し描かかれるもののなかに、質の違ったものを感じるようになる。















 さっき、紹介したうつむき加減の女性たちに構図自体は似ている気がする。

けど、姿形はもっともっと崩れていて、そして、色自体がさらに輪郭と外界が滲みあって混合している・・・
破壊性というより、溶解性という言葉が浮かんできたのだった。



●あーおもしろかった。バルデュス展。初見なのに。
作品のふり幅の大きさと、作品と連動した作者の生き様を感じる。
もっともっと深いんだろうな。

ほかにも、いろいろ考えたんだけど、最後に気に入った絵をあげて終わり。
「崖」です。
















ちょっと近くでも、かなり離れても、光に照らされる木と岩壁が眩しかったです。
美しかった。