だから、こなさなきゃいけない仕事の順番が間違っていると思うけれども、
とりあえず、次の報告書の表紙イメージを作ってみました。
これでいきたいです。
でも、色が暗い・・・
気持ちが反映しているんだろうか。
けれど、この方が自分は落ち着きます。
イメージ内のテキスト情報は適当に文字を並べたり書いたりしただけなので、意味はありません。
音楽の販売方法も、現在ではインターネットによる音楽配信により、ジャケットが画像としてしか存在しないといったシングルも発売されており、レコードの芸術作品としての価値は高まるのではないか。
レコードのジャケットは魅力的だ。インターネットでも、曲は聞ける。しかし、「ジャケ買い」という言葉に代表されるような音楽作品との出会いや、手に取った感触、店の雰囲気、店員との会話など、曲に対する付加価値が失われ、それを埋めるものが見当たらない。インターネット配信の曲は、パソコンに保存しているだけなので、容量がいっぱいになれば、削除してしまう人もいるだろう。音楽の作品自体の存在価値が低下しているのではないか…とすら感じる。
とりあえず一通り何かはわからないが、宗教的でおしゃれな雰囲気に溢れた店内・・・
(店内には)正直、よくわからないもの、マニアックなもの、中には“変”と思うような物もたくさんあった。
一般的にサラリーマンは自分の考えを相手に理解させ、納得させていかなければいけないことが多いのではないだろうか。そういった意味で「サラリーマンが出来ないタイプ」それは確かにそうだ、と感じた。
<wikipediaより引用>阪神大震災は1995年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒、淡路島北部(北緯34度35.9分、東経135度2.1分、深さ16km)を震源として発生した。住家被害〔全壊104,906棟、半壊144,274棟、全半壊合計約25万棟(約46万世帯)、一部損壊390,506棟〕 街は破壊され、〔死者:6,437名 行方不明者:3名 負傷者:43,792名〕という多くの傷ついた人々が溢れていた。誰もが不安を抱え、やり場のない悲しみもあっただろう。しかし、一日平均2万人超、3ヶ月間で延べ117万人とも言われる人々がボランティアとして、震災の復興のために現地で、被害者支援を行っている。そこには、温かい人間の姿があった。
【阪神・淡路大震災 データ引用】
そこには、今の日本に足りないものがある。今の日本人は価値観が多様化し、グローバル化する中で、個人の自立というものを求められている。しかし、日本人の個人の自立には、個人主義というような時代の流れもあり、本来の自立からねじ曲げられ、人と人の間に壁が作られている。個人主義の流れは止めることが出来ない。しかし、阪神大震災によって、街が破壊され、人々がたくさん傷ついたことによって、人と人の間に築かれつつあった壁も崩れたのではないか。その壁が崩れることによって、多くの人とのコミュニケーションが生まれ、改めて人との結びつきの温かさを感じられたのだろう。
Mさんも「まあそら儲けたいっていうのは商売やからあるんやけど、まず喜んでもらいたいお客さんにね。それからはそういうのが変わったなあ。とりあえずまずお客さんに喜んでもろたら、それは商売に儲けようというより喜んで欲しい。喜んでもらえたら結局結果が出るっちゅうかね。まず喜んでもらいたい。」と語っているように、人のためにという思いが強く感じ取れる。
阪神大震災の被害はあまりにも大きく、苦い思い出には変わりはない。しかし、その苦しみを共に乗り越えた人々は、誰もが誰かに感謝し、感謝され、自分という人間の在り方を再確認させられた。だから、人を大切に思うのだろう。その思いは、震災から13年が経過し、街が復興し、震災以前より便利になった今でも人々の心のどこかに“思いやり”“優しさ”として残っている。そして、それはこれからも震災を生きぬいた人々を一生支えるだろう。